元ホテル総支配人が伝える「結婚式・披露宴の賢い費用節約術

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よもやま話(その4)

7000枚の皿洗い 


私が勤務したホテルでは結婚披露宴に使われる飲物用グラスは3~4種類あって、それぞれに名前が付いていました。シャンパングラス、ゴブレット、タンブラーの3種類は常備で、たまにワイングラスをセットして4種類になることがありました。シャンパングラスは乾杯用のグラスでシャンパンが注がれます。ゴブレットは主に水を入れ、タンブラーはビールとかジュースを入れるのに使われます。ワイングラスはもちろんワインを注ぐためのものです。
披露宴時のテーブルをセットする時は最後にグラスを配置するので、グラスを配置し終わると一気にテーブルが華やかになり、お祝いの席だという雰囲気を醸し出します。
この後テーブルには綺麗な花が並べられ、食器に盛られた料理が載せられるといよいよ披露宴の始まりです。
ということなのですが、今日はグラスではなく食器のお話しです。
 
私が勤務したホテルには披露宴に使用される会場が3会場あって、2会場は最大120名位、1会場は最大400名位(会場を分割して200名位×2会場になる)の収容キャパでした。4会場でそれぞれ2回転しますので、最大で1日8組の婚礼に対応していました。
 
ある日のこと、その日行われる披露宴は6組で合計約600名ほどの人が来場されることになっていたのですがちょっとしたハプニングが発生しました。宴会用厨房にある食器洗浄部署の担当者が急病で出勤できなくなってしまったのです。
普段でしたら厨房やサービスの部署から代替者を配置するのですが、当日はそんな余裕など有るはずもありません。この日は外回り営業担当の社員も、さらには総務や経理担当の社員も宴会場のヘルプに出ますので、急な欠員の補充も出来なかったのです。そこで、総支配人である筆者が食器洗浄係を買って出ることにしました。(こんな忙しい日にヒマそうにしているのは総支配人しかいないのです)
 
食器洗浄部署(通称は「洗い場」)には大型の食器洗浄機があり、さらに120cm×300cm位の大型シンクが2台、ステンレスの作業テーブルが数台、などがあります。使い終わった食器は残飯を落とした後、大型シンクで簡単に手洗いをして食器洗浄機に通します。食器洗浄機はベルトコンベア式で高温、高圧の温水と洗剤を吹き付けて食器を洗います。洗い終わった食器はしずくをふき取った後で種類別に食器収納カゴに入れ、所定の位置に戻します。以上が簡単な手順で、大型シンクに一人、洗浄機のベルトコンベア部分に一人、食器のふき取りと片付けに一人、合計3人の分業制です。
筆者は最初の大型シンクで食器を簡単に手洗いする役割をすることになりました。
 
さて午前10時頃はシンクにお湯を張ったりしながらノンビリと過ごしています。食器洗浄機からは蒸気がモクモクと立ち昇っていますが、筆者を含めた3人の担当者はおしゃべりしたり、笑いあったり、なごやかムードでした。まだ披露宴は受付が始まった頃で、私たちは余裕たっぷりです。
 
11時になりました。そろそろ1組目の披露宴で乾杯が終わって、会食がはじまります。でも私たちはまだまだ余裕です。
11時30分になりました。そろそろ食べ終わったオードブルの皿が下げられて洗い場に運ばれてきました。いよいよ作業開始です。さらに2組目の披露宴の食事が始まりました。でもまだ余裕ですね。
12時になりました。1組目の刺身皿やオードブル皿の残り、2組目のオードブル皿などが下げられて洗い場に運ばれてきます。洗う食器が2倍に増えてきました。少し手元が忙しくなってきて、雑談が消えました。
12時30分になると3組目がスタートしました。私たちは黙々と作業をしています。食器洗浄機も白い蒸気を出しながら手洗いが済んだ食器を吸い込んで、温水と洗剤で洗い終わった食器を吐き出しています。仕事しているという充実感が感じられます。
 
午後1時になりました。4組目の披露宴がスタートです。この頃には汚れた食器が次々に運び込まれて全く休むヒマもありません。話し声は聞こえないのにガチャガチャという食器の当たる音とゴーという食器洗浄機の音、シューという蒸気の噴き出す音。温水と蒸気の熱気で汗だくです。
その後1組目の披露宴が無事に終了すると、後片付けされた様々な形の食器が大量に洗い場に運び込まれます。汚れた食器を入れたカゴが積み上げられて、洗っても洗っても減るどころか、益々増えていきます。とにかくものすごい食器の量なんです。
筆者は、洗い場の作業がいかに大変かということを初めて体験しました。軽い気持ちで引き受けた食器洗いの仕事がこんなにキツイとは・・・。しかしもう引き返すことはできません。替わりの人がいないのですから!
 
宴会キッチンではコックさんたちが急がしく料理を作っています。サービス担当は出来上がった料理をカートに載せて披露宴会場に運びます。冷蔵庫から冷やしたビールがケース毎運ばれて、食べ終わった食器が披露宴会場から洗い場へと運ばれてきます。誰一人として休憩することも無く、無駄口をたたくこともありません。そこはプロたちが働く戦場です。
 
2組目の披露宴が終わるとまた大量の食器が洗い場に届きます。もう手を休めることもできません。
午後2時を過ぎると1組目の披露宴が終わった会場の後片付けが終わり、新たにキチンと整えられた会場に5組目の披露宴出席者が入場し始めます。会場では新郎新婦に惜しみない拍手が送られ、賑やかな会話と華やかな雰囲気があふれています。でも洗い場はまさにパニック状態が延々と続いています。
 
3組目の披露宴が終わり、4組目の披露宴が終わり、そして最後の6組目の披露宴がお開きになったのは午後5時過ぎでした。それでも汚れた食器はまだまだ運ばれてきます。必死に食器と格闘する筆者はもう話す元気もありませんでした。
最後の食器が運ばれてきた頃、終了した披露宴会場の片付けと清掃を終えたサービス員のリーダーが声をかけてきました。
「総支配人、替りますから休んでください」
 
その声は本当に、本当に天の声のように聞こえました。筆者は素直に「ありがとう。すまんが頼むよ。」と応えたことを今でもよく覚えています。
リーダーは一緒にいた数人のサービス員に指示をして、いっせいに食器を洗い始めました。たまっていた食器の山が少しずつ動き始めました。しばらくすると、別の宴会場の片づけを終えた一団がさらに洗い場を手伝い始めました。食器洗いをする人が急に増えるとともに、食器もどんどん洗われて片付いていきます。
筆者はイスを見つけて腰をおろし、どんどん片付いていく食器の山を見ていました。ゴム手袋をしていた両手は白くふやけてシワシワになっていました。「お腹がすいたな」と感じたのですが、そういえばお昼ごはんを食べていなかったのを思い出しました。お昼休憩の前に忙しくなったので、そのまま食事抜きで食器洗いをしていたのでした。
こうして筆者の試練の一日が終わりました。
 
後日披露宴の出席者数と一人当りの食器の数を調べてみると、その日に使った食器は大小合わせて全部で7,000枚を超えていたことが分かりました。グラスなどを加味すると約9,000点ほどの食器洗いをしたことになります。
その後筆者が洗い場を手伝う機会は無かったのですが、しばらくして食器洗浄係(洗い場担当者)を増員することが決まりました。これも貴重な体験から派生した人員配置ですが当然の結果でしょう。
お客様の目には見えないけど、ホテルにとって洗い場はとっても大事なんですよ!

ちょっと一息、ブレイクタイム。